「お前この後、 なんか予定ある?」
「え?」
レストランで昼食を食べ終えた後、 ぼんやりしていたフッチは、 周囲が賑やかという事もあり、 サスケの声を上手く聞き取る事が出来なかった。
「ごめん、 聞こえなかった。なに?」
以前はハンフリーと二人で食事を取る事が多かったフッチだが、 一つ下のサスケが同盟軍に加わってからは、 彼と共に訪れる機会が多くなり、 ハンフリーはフリックらと酒場で食事をするようになった。
――ルックは幾ら誘っても「行かないよ」と言い、 その首を縦に振る事はなかった――
サスケはデザートのチョコレートケーキを頬張りながら、
「午後 、なんか予定あるかっつったの」
もう一度訊いた。
フッチは水の入ったグラスを手に取ると、 それを一口飲んでから答えた。
「いつも通り、 ブライトの世話かな」
ブライトとは、 フッチが洛帝山で見つけたはぐれ竜の子供だ。 生まれたばかりのその白い竜は、 まだ空を自由に駆ける事は出来ない。
そんなブライトを、 フッチは自らの手で、まるで自分の子供であるかのように、 大切に育てていた。
「ハンフリーさんは? 今日一日城にいるのか?」
間髪を入れずに訊かれた新たな問いに、 フッチは首を傾げる。
どうしてそこでハンフリーの名と彼の予定を訊かれたのか、 分からなかったからだ。
「うーん……多分、 いると思うけど……」
確証は持てずに小さな声で答えたフッチに、 サスケはケーキからフォークを離すとにやりと笑った。
「よし。 じゃあさ、 ブライトの世話はハンフリーさんに任せて、 午後ちょっと付き合えよ」
「え? 付き合うって、 どこに?」
「秘密。 とりあえずお前、 先に戻ってハンフリーさんに伝えて来いよ。 出掛けてくるって」
「ええ? 急だなぁ……。 もしハンフリーさんに用事があったらどうするの?」
続けてフッチは 、先程の答えはあくまで自分の推測であり、 本人に確認を取ったわけではないのだと説明する。
「そん時は……そうだなぁ。 フリックさんとか、 別の人に頼めばいいだろ」
「連れて来ちゃ駄目なの? ブライト」
「別に駄目ってわけじゃねぇけど……。俺とお前の二人で行きたいんだよ」
「どこに?」
「まだ秘密だっつってんだろ。 いいからさっさと行ってこいよ。 もしハンフリーさんが駄目だった時は、 連れてきてもいいから」
「本当?」
「ああ。 誰か他に面倒見てくれそうな人、 探そうぜ」
(結局駄目なんじゃないか……)
心の中で溜息を零したフッチは、 ハンフリーの元へ確認を取る為に、 席を立った所で呼び止められた。
「あー、 ちょっと待て、 フッチ」
「なに?」
「お前、 この事はあいつに言うなよ」
「あいつって?」
「ルックだよ、 ルック。 お前なんでもかんでも話しちまうからな、 あいつに」
うんざりしたような顔で告げるサスケに、 フッチは少しむっとする。
「なんだよ、 その言い方。 それじゃあまるで僕の口が軽いみたいじゃないか」
「だってお前、 いつも“言うなよ”っつってんのに声掛けるし」
その言葉を皮切りにサスケは、
「こないだも、 その前も、 その前の前も、 前の前の前も、 前の前の前の前ん時も……。いっつも“二人でな”っつってんのに、 言うんだもんなぁ……」
と、 ぶつぶつ文句を言い始めた。
「え…そ、そうだっけ…。そんなに…?」
「そうだよっ!…ったく…」
顔を顰めるサスケに、 一応は申し訳なく思いながらも、 フッチはぼそぼそと言い訳を並べる。
「ご、ごめん。 でもさ、ルックって、いつも石板の前にいるじゃない? だからたまには、 外に連れて行ってあげたいなって思うんだよ……。遠征とか、 そういうのじゃなくてね。 それに僕らは一緒に攻撃する仲なんだし……。いいじゃない、 別に」
「いいや、 よくねぇ! ぜんっぜんよくねぇ!」
テーブルを叩く勢いで叫んだサスケに、 フッチはびくっと身体を震わせた。
「あいつが一緒で楽しかったためしがあるか? 一度だってねぇだろっ! いっつも文句ばっか言って、 しまいにゃ人をからかって……!! 大体あの協力攻撃だってなんだ? 俺らまで巻き添えにしやがるんだぞ……!」
思い出すだけで腹が立ってきたと益々顔を歪ませるサスケに、 フッチはどうしてそこまで嫌うのだろうと思う。
確かにルックは無愛想で高慢な態度をも取り、 人との距離を常に置いている。
あの協力攻撃の際、 自分達を巻き添えにする理由は定かではないが――恐らく、“美少年攻撃”という名が気に食わないのだろうが――
彼は本当に嫌いな相手とは口も聞かないし、 からかうなど以ての外だ。
フッチをはじめ、 彼と以前から付き合いのある人間は、 その事を充分に理解している為、 これと言って気にしない。 寧ろ、 それでこそルックなのだ、 と。
フッチはルックとこの城で再会した際、 心からそれを喜んだ。 まさかもう一度会えるなどとは、思いもしていなかったからだ。
それはフリックらにも言える事ではあったが、 だからこそフッチはサスケから忠告を受けていても、 半ば無意識に話し掛けてしまうのだった。
「前はもう過ぎちまったから仕方ねえけど、 今度は絶対駄目だかんな! いいな、絶対だぞ!」
鼻息荒くして指を向けるサスケにフッチは 、今回ばかりは何があろうとも口を堅くと素直に了承する他なかった。
「わ、 分かったよ……。今度は絶対、言わない」
「おう。 んじゃ、俺はいつもんとこで待ってるかんな」
「うん。 じゃあ、また後でね」
満足気な顔で再びケーキを味わいはじめたサスケを残し、 フッチはテーブルの隅に置いていた持ち帰り用のサンドウィッチを手に取ると、 レストランを後にした。

 

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