幼かった少女は歳を重ねる事に美しく成長していった。
変わらないものは、決して我々に靡かない事だけだった。
その芯の強さは、流石あの親達の子供だと思う。
タークスに入り、私に与えられた任務は、その少女にある取引を求める事だった。
しかしそれは十年経った今もまだ終えてはいない。きっと永遠に来ないのだ。そんな日など。
いつから私は、そう思うようになったのだろうか。

「ねぇ、聞いてる?」
少し怒りを含んだその声に、ツォンは意識を戻す。
「あぁ…。すまない、聞いていなかった」
ツォンは素直に謝罪をする。下手に誤魔化しても良くはならないと思ったからだ。
「なんか、今日のツォン、変。どうしたの?」
首を傾げる動きに、髪止めのリボンが揺れる。
彼女が身に付けているそのリボンは、この間逢った時にはなかったものだ。
母親からのプレゼントだろうか。それとも、誰か他の人間からだろうか。
ツォンはそんな事を考えていた。
「別に、いつもと変わらないさ」
「嘘。だって、ずーっとぼうっとしてるもの。…お仕事、大変なの?」
碧の瞳が、不安げに揺らぐ。その表情さえも、美しいと思う。
彼女の環境が。我々が、そうさせたのだろうか。
同年代の者よりも大人びている彼女に、いつしかツォンは惹かれている事に気が付いた。
だからこそ会社の願いを叶えるつもりもないし、来なくていいとさえ思っているのだ。
ツォンは彼女の小さい頃を知っている。
なにが好きで、なにが嫌いか。どんな時に笑い、どんな時に泣き、怒るのか。
知り過ぎてしまったからこそ、そう思うようになってしまったのかもしれない。
どんなに長い年月が掛かってもいい。慎重にやってくれ。
上から言われたその言葉に、都合良く甘んじているのだ。私は。
「エアリス」
ツォンの手が、エアリスのリボンに触れる。
「よく似合っているな。これ」
「えっ?…あ、ありがとう…」
繋がらない会話にエアリスは戸惑う。
「この間ね、ちょっと、色々あって、買ってもらったの」
頬に赤みを差すエアリスに、ツォンは「そうか」と小さく零し、そして席を立った。
「そろそろ戻るよ。また近いうちに、来る」
「え、ちょっと、ツォン…!」
古びた教会の床は所々が腐っていて、軋んだ音を放つ。
その音に交じって呟かれたエアリスの「やっぱり、変」という言葉は、ツォンの耳には届かなかった。

教会を出て、ツォンは息を一つ吐いた。
閉めた扉の前に立ち尽くし、触れたリボンの感触を思い出す。

たった一言。誰に、という言葉を、口にすればいいだけなのに。
ツォンは訊かなかった。否、訊けなかった。
何故だかは分からないが、知りたくないと思ったのだ。

幼かった面影は薄れ、彼女は美しく成長した。
短かった栗毛色の髪は腰にまで伸び、吸い込まれそうな碧の瞳は輝きを放ち、芯の強さも増した。
そうして彼女は大人になってゆく。これからも。これから先も。
その隣には、いつか私以外の男が並ぶかもしれない。けれど、それが彼女の望む幸せならば。
私は一人よがりな幸せでいい。ただこのまま、仕事という都合の良い口実さえあればいい。

それだけで、いい。

261.meme si vous l'aimez きみが他の誰かと恋に落ちても
橙の庭さまよりお借り致しました

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