胸元のポケットで、携帯が震えている。
打ち込んでいたキーボードから手を離し取り出すと、ツォンは小さなディスプレイの表示を確認した。
「(エアリスから…?)」
そこでツォンは、随分前にこの番号を教えた事を思い出した。
今まで一度も連絡がなかっただけに、ツォンは何かあったのだろうかと焦りを感じた。
震える携帯のボタンを押して、ツォンは電話に出る。
「もしもし?」
『あ、ツォン…?いま、だいじょうぶ?』
久しぶりに聞くエアリスの声は、以前と変わりがないようで安心した。
「あぁ。君から電話なんて珍しいな…。何かあったのか?」
傍らに置いていた煙草を手に取り、片手で器用に火を付ける。
『あのね、ちょっと、頼みたいことがあるの』
「頼みたい事?」
煙を吐き出し、少し戸惑いを含めたエアリスの声に、ツォンは引き寄せた灰皿へと灰を落とす。
『うん…。出来ればあとで、教会まで、来てくれる?』
今作成している文書は、急ぎの仕事ではあったが、エアリスからの頼みなど、滅多にない事だ。
どちらを優先するべきかは、決まっていた。
「別に構わないが…じゃぁ、今から向かうよ」
ツォンの言葉に、エアリスは少し慌てた声で『時間がある時でいいの』と言う。
「ちょうど空いているんだ」
作成途中の文書を手早く保存して、ツォンはパソコンの電源を落とす。
『そう…じゃぁ、待ってる。ごめんね、急に』
「気にする事はない。じゃぁ、またあとでな」
役目の終えた携帯を胸元に仕舞い、煙草を揉み消す。
デスクから立ち上がると、目の前で同じように作業をしていた赤髪の男が薄ら笑いでツォンを眺めていた。
「古代種のおねぇちゃんですか、と」
「あぁ」
短く返事をするツォンに、赤髪の男は今だ同じ表情を張り付けたままだ。
「ホントは忙しいのに、おねぇちゃん優先なんて、流石ツォンさんだぞ、と」
その言葉を聞き流し、急いで教会へと向かう為に、ツォンは静かに部屋を出た。

 

Vous me manquezの二話目、ツォンさん視点。
本社に居る時、ツォンさんはどんなに忙しくても、エアリスの事を優先にすると思う。
というかそうだったらいいなという産物。

 

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