「ククールってさ、なんで髪を伸ばしてるの?」
宿での食事の際、唐突にエイトが投げ掛けた。
「あ、それ私も知りたいと思ってたのよね」
「アッシもでげす」
続けてゼシカとヤンガスも同調する。
「ねぇねぇ、なんで?」
再度尋ねるエイトに、ククールは持っていたワイングラスを弄ぶ。
この手の質問は、エイト達が初めてではなかった。
今まで出逢った女性達にも、何度か同じ質問をされた事があるからだ。その度ククールは「別に、なんだっていいだろ」と誤魔化してきた。
理由は勿論ある。けれども絶対に話すわけにはいかない。
仲間の視線をかわすように少し体を横に向け、グラスに口付ける。
「何よ。教えてくれたっていいじゃない」
素っ気ない態度にゼシカが口を尖らせる。予想していた事だ。ああ言えば必ず相手は拗ねる。
返す言葉は最早お決まりとなったこの一言だ。
「切るのが面倒臭くて、伸ばしてるだけだよ。だから深い意味はない」
ククールは空になったグラスをテーブルに置き、手元近くにあったパンにバターを塗りながら、冷めた口調で告げる。
こうまで言えば相手は「じゃあ
切ってあげようか?」と言うか、「つまんないの」と返すかのどちらかだ。
前者の場合、「遠慮しておくよ」とあくまでにこやかに断り、話題を変えればいい。
後者はそのまま次の話題へと移ればいいだけ。今までもそうやってかわしてきた。
「ほんとに?」
前のめりになるエイトに頷きだけで返事をする。どうやら彼らは後者の人間だったようだ。気付かれないように口元だけを緩めて笑う。
「なぁんだ。もっとすごい理由でもあるのかと思ったのに」
「おいおい、何をそんなに期待してたんだ?」
パンを頬張りながら、さてどんな話題を振るかなと考えていた時、隣に座るゼシカの言葉に、パンを喉に詰まらせそうになる。
「ほんと。てっきり願掛けでもしてるんじゃないかって期待したのに」
仲間の視線はゼシカへと移っている為、ククールの異変に気付いた者は一人もいなかった。
悟られないようにあくまで冷静を装い、酒が飲める席では滅多に口を付けない水で流し込む。噎せそうになったが、必死で耐えて見せた。
「願掛け?なんでげすか、それ」
骨付き肉を齧りながら、エイトの隣に座るヤンガスが声を上げる。
「え?知らない?腰のあたりまで髪を伸ばすと、願い事が叶うって話」
サラダを突いていたフォークを宙に浮かせそう話すゼシカに、向いに座るエイトとヤンガスは顔を見合わせる。
「はじめて聞いた。知ってた?ヤンガス」
「いいや、アッシも初耳でげすよ」
「あら、私の村では皆知ってるわよ。一種のまじないみたいなものでね、髪を腰まで綺麗に伸ばせたら、願いが叶うって言われてるの。
でもそれを信じてるのは、ごく一部の女の子だけだったけどね」
「へぇー、そうなんだ。なんか可愛いな、それ」
淡々と説明をするゼシカに、エイトは溜息を零す。
「実際それは叶うもんなんでがすか?」
「あくまで迷信よ、迷信。もしそれが本当なら、髪の短い子なんているはずないわ」
「はは、そりゃそうでげすね」
三人が笑う中、ククールだけは笑えなかった。話題がマズい方向に流れている。
けれども盛り上がり始めたその話題を止める術は、最早ククールにはなかった。まさかこんな展開になるとは予想もしていなかったのだ。
とりあえず食事に夢中になろうと、もう一つパンを手に取り、バターを塗る。だが頭の中では、どうすべきか混乱していた。
「でも、もしククールの理由がそれなら、面白いと思ったんだけどね」
トマトを咀嚼し飲み込んでから、ゼシカはふと隣に座るククールの動きが可笑しい事に気が付き、顔を向けてぎょっとする。
「ちょっと、あんた何をそんなにバター塗り付けてんのよ。べったべたじゃない」
ククールの持っていたパンは焼き色が見えない程、てかてかとバターで光っていた。
これにはククール自身も驚きを隠せなかった。乾いた笑いを浮かべなんとか誤魔化し、食べる気のそれたパンを皿に戻す。
「ちゃんと食べなさいよ」と言うゼシカに気のない返事をし、ワインを飲もうと瓶を取るが、それはするりとククールの手から滑り落ちた。
「うわっ!」
まだほんの数杯分しか飲んでいなかった為、半分以上もある中身は勢いよく零れ、瞬く間に白のテーブルクロスが赤に染まる。
慌てたのはククールだけでなく、仲間も同じだった。
「ククール!服にも零れてる!」
倒れた瓶を戻しながら指摘するエイトに目線を落とせば、厚い生地の為気付きにくかったが、腹部から太腿の辺りが見事に濡れている。
幸いにもククールの着ている服は赤い為、クロスのような無残さはないが、それでも目立つものは目立つ。
「なにやってんのよ、もう」
なじりながらもゼシカはククールと共に手拭き用のタオルでそれを拭ってやる。
ただ一人ヤンガスは「バターで滑ったんでがすかね」と呑気にその様子を傍観していた。
「お客さんたち、どうしたんですか?」
宿の主人が突然騒がしくなったククール達を心配し、奥から出てくる。そしてテーブルの惨劇を確認すると、何が起きたのかを悟る。
すかさずククールが謝罪をすると、宿の主人は笑みを崩さず、
「クロスは変えがあるから大丈夫ですよ。でも、あなたの服は早くシミ抜きをしないと大変だ」そう言って着替えるように案内をする。
騒ぎの元となったククールが席を外すと、応急処置のなされたテーブルの上で、エイト達は再び食事を再開する。
「なんか今日のククール、いつもと違うよね。どうしたのかな?」
「さぁ?どこか調子でも悪かったんじゃない?」
「もしかしたら、本当に願掛けでもしてたんじゃないんでげすか?その話の辺りからでしたぜ、変だったの」
ヤンガスの言葉にエイトがけたけたと笑う。ゼシカは在り得なさからか失笑に近かった。
「まさか。だってククールは男だよ?それに僕らも知らなかったぐらいだから、ククールも初耳だったと思うよ」
「そうでげすかねぇ…」
「どうせあいつの事だから、長髪のほうが様になるとでも思ってるのよ、きっと」
もうどうだっていいという顔を浮かべて話すゼシカに納得をするエイトだったが、ヤンガスは腑に落ちない様子で首を傾げる。
「怪しいと思うんでげすがねぇ…。ま、いいか」

一方、着替えする為に部屋へと戻ったククールは盛大な溜息を零していた。
自分の犯した失態もそうだが、あれでは明らかに動揺していた事を気付かれただろう。
「いや、でもきっと大丈夫だ、うん。絶対に大丈夫」
誤魔化す事は自分の専売特許だ。戻った時に何を言われようが、全て誤魔化してしまえばいい。
そう言い聞かせながら、脱いだ服を綺麗にしてもらう為、宿の主人の元へと向かった。

 

ククールの髪が長いのは、願掛けの為にだったらいいなぁと思って。
どんな願掛けかはご想像にお任せします。

 

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