「待って、オドロキくん」
「え?」

先生に指示を受けながら調書の作成をしていると、突然「ペンを置いて」と言われた。
どうしてですかと訊き返したものの、言われた通りに持っていたペンを置く。
(誤字があった?いや、間違えてないよな……。それとも爪が汚いとかかな……。でも昨日整えたばっかりだしなあ……)

先生は常日頃「爪の美しくない人間は、生き方もまた、然り」と語る。整える為に爪切りを使うのも御法度だ。
だからオレも爪切りではなく、面倒でもやすりで整えるようにしている。
流石にマニキュアだけは多目に見てもらったが。

「やっぱり」

なにが“やっぱり”なんだろう。本当に誤字があるとか?それとも脱字?爪?
もしかして、オレが大丈夫だと思っていても、先生からはそうは見えない、とか?
思い付く限りの理由を考えていると、右手を取られた。
どうやら三つ目が正解らしい。

ん……?……右手、だけ……?

「わああっ!せ、先生っ!?」

人差し指の先に先生の唇が押し当てられている。というか、吸われている。
それを理解するまでに、数秒かかった。

「い、いい、一体、なにしてるんですかっっ?!」

オレの叫びに返事はなかった。
当然だ。だって先生は、オレの指を咥えているのだから。
ぴり、と軽い電気が走るような痛み。
なんだ、なんなんだ、これは。先生の意図が分からない。
ようやく唇が離れて、

「よく見てごらん」
「えっ!?」

解放された指先をまじまじと見ると、薄い切り傷があった。
「あれ、これ……」
一体いつ切ったのだろう。全く気付かなかった。

「紙はよく切れますから、気を付けてくださいね」
「は、はい……」

最初から、言葉でそう教えてくれればいいのに。
引き出しから絆創膏の箱を取り出しながら(こういう時の為に常に入れておくことにしている)出かかった言葉を飲み込む。

先生は時折こうして突拍子もないことをする。
勿論びっくりはするけど、嬉しかったりもするんだ。意外性に弱い、ってやつ……なのかなあ……。
オレの気持ちを知ってか知らずか、にこりと笑う先生。

その顔、反則ものですっ……!!

拍手お礼でした。
オドロキくんに“驚く(き)”という言葉を言わせていいものかいつも悩みます。(そして使わず)

 

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